東京地方裁判所 平成5年(ワ)17114号 判決 1997年3月24日
甲乙事件原告
小林金男
乙事件原告
小林としえ
外一名
右原告ら訴訟代理人弁護士
浅古栄一
甲乙事件被告
財団法人全国法人会総連合
右代表者理事
服部禮次郎
右訴訟代理人弁護士
渡邉昭
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 原告らの請求
一 年金支給額確認請求
1 被告は、原告小林金男に対し、別紙加入者別年金契約一覧表加入者番号一六一八の年金について、別紙年金目録(一)記載の年金中、同原告の選択する一の年金を支給する義務があることを確認する。
2 被告は、原告小林としえに対し、別紙加入者別年金契約一覧表加入者番号八一三六の年金について、別紙年金目録(二)記載の年金中、同原告の選択する一の年金を支給する義務があることを確認する。
3 被告は、原告中曽根忠に対し、
(一) 別紙加入者別年金契約一覧表加入者番号一八三六の年金について、別紙年金目録(三)記載の年金中、同原告の選択する一の年金を支給する義務があることを確認する。
(二) 別紙加入者別年金契約一覧表加入者番号一八三七五の年金について、別紙年金目録(四)記載の年金中、同原告の選択する一の年金を支給する義務があることを確認する。
二 損害賠償請求
被告は、原告小林金男に対して金二三四万〇一六〇円、原告小林としえに対して金三三一万六四八二円、原告中曽根忠に対して金八四万九一二〇円及びこれらに対する本判決送達の日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、被告との間で年金契約を締結した原告らが、年金支給額は各年金契約時に確定金額で定まっていたから、財政再計算を理由として被告が行った年金支給額の減額は無効であるとして、年金加入時に示された年金額の支給義務があることの確認を求めるとともに、右減額が不法行為であるとして、弁護士費用相当額の支払を求めたという事案である。中心的争点は、被告が右年金支給額を変更することができるか否か(被告が定めた経営者年金共済年金規程が年金契約の内容となるか否か、被告が同年金規程に基づき契約者加入後に将来の年金支給額を変更することができるか否か)、右変更が手続的要件を満たし有効であるか否かである。
一 前提事実(証拠を括弧書きで摘示した事実を除いて、当事者間に争いがない。)
1(一) 原告小林金男は、株式会社きんかの代表取締役、原告小林としえ及び原告中曽根忠は、それぞれ同社の取締役である。
(二) 被告は、税務知識の普及等を目的とする法人会(大蔵省が設立の認可をした公益法人)の全国組織であり、傘下に都道府県単位の四一の法人会連合会と、税務署単位の四三九の法人会を有し、平成六年八月頃の全法人会の会員企業数は約一二八万社である(乙第六号証)。
被告は、国税庁、国税局及び税務署との連絡協調のもとに、法人会の中軸として、全法人会が税務知識の普及に務めるとともに、あわせてよき法人企業の団体としての活動を通じて、適正な申告納税制度の確立と納税意識の高揚を図り、もって税務行政の円滑な執行に寄与し、これを通じて企業経営と社会の健全な発展に貢献することを目的としている。
2 被告は、法人会加入の会社経営者を対象とした信託型の個人積立年金共済制度である法人会年金(信託型)を運営している(以下「本件年金」という。)。本件年金は、昭和五六年に発足し、年金契約に基づく掛金の払込を受け、これを一括して信託銀行に運営を委託し、その運用収益金を加算した積立金を年金契約者に年金又は一時金として支給する制度である。本件年金の加入者は、その選択により、六五歳に達した後、長寿年金、福寿年金(五年間型)、福寿年金(一〇年間型)のいずれかを受給することができる。
3 原告らは、被告との間で、別紙加入者別年金契約一覧表のとおり、本件年金の年金契約をそれぞれ締結した(以下「本件各年金契約」という。なお、年金契約成立日は第一回の掛金が銀行口座からの引き落としにより払い込まれた日である。)ので、被告主張の支給額の減額がなければ、別紙年金目録(一)ないし(四)の年金中、原告らの選択する一の年金を受給することができることとなった。
4 原告らは、加入の後、被告から、契約について各加入者証及び経営者年金共済年金規程(以下「年金規程」という。)等を記載した本件年金のしおり(以下「しおり」という。)を送付された。また、原告らは、本件各年金契約に従い、その掛金を支払っている。
5 被告は、平成五年四月二六日付「法人会年金(信託型)の制度改訂のご案内」により、原告らに対して、同年六月一日以降の本件年金の予定利率を従来の年6.5%から年4.5%に変更する(以下「本件変更」という。)旨通知した。
右通知書によれば、原告小林金男の長寿年金(加入番号一六一八ないし一六二二)については、特別一時金が七五万円から六三万〇一八〇円に、月額年金が一〇万円から六万一七六〇円に、原告小林としえの長寿年金(加入番号八一三六ないし八一四一)については、特別一時金が七五万円から五八万〇六三〇円に、月額年金が一〇万円から五万六九〇〇円に、中曽根忠の長寿年金(加入番号一八三六)については、特別一時金が七五万円から六五万一五八〇円に、月額年金が一〇万円から六万三八六〇円に、同原告の長寿年金(加入番号一八三七五)については、特別一時金が三七万五〇〇〇円から三三万一九三〇円に、月額年金が五万円から三万二五三〇円にそれぞれ減額され、福寿年金(五年間型)及び福寿年金(一〇年間型)についても、同様の率により減額された(甲第一七号証の一、第一八ないし第二八号証)。
6 年金規程は、二五条において、「財団は、五年毎に本制度につき年金数理に基づく再検討を行うものとし、基礎率等の変動により必要があると認めたときは掛金等の引上げ等財政上適正な措置を講ずるものとする」と定め、三〇条において、「この年金規程は、経済情勢の変動、その他やむを得ない事情により変更または廃止することがある」と定めている。
二 争点
1 年金支給額確認請求について
(被告の主張)
(一) 被告は、年金規程に基づいて原告らに対する本件年金の支給額を変更することができる。
(1) 年金規程が本件各年金契約の内容となること
① 本件年金は、契約者全員を年金規程の定める契約条件に従って平等に取り扱うものであり、個々の契約者毎に異なる契約を締結することができない性質のものであるから、本件年金の加入契約は、被告の定めた年金規程を契約条件とすることを前提にしており、いわゆる附合契約というべきものである。また、原告らは本件各年金契約後、直ちに年金規程を交付されたにもかかわらず、その後何らの異議も述べていない。したがって、本件各年金契約において年金規程の定める契約条件は当然に契約内容となる。
そして、年金規程は、本件年金の指定金銭信託による運用利回りに著しい変動が生じた場合に、本件年金が財政的に破綻して契約者に損害を及ぼすことのないように、二五条において、「財団は、五年毎に本制度につき年金数理に基づく再検討を行うものとし、基礎率等の変動により必要があると認めたときは掛金等の引上げ等財政上適正な措置を講ずるものとする」と定め、三〇条において、「この規程は、経済情勢の変動、その他やむを得ない事情により変更または廃止することがある」と規定している。
したがって、被告は、年金規定二五条及び三〇条に基づいて、本件年金の支給額を変更することができる。
② 本件年金の支給額の変更可能性については、募集のためのパンフレットにおいて「予定利回り」と記載されていたほか、受託銀行の担当者が原告らに対して年金規定の概要を説明していたから、原告らはこれを知っていた。
③ 本件年金の支給金の原資は、積立金と指定金銭信託に基づく運用収益金であるから、経済情勢に著しい変動があった場合には、収益配当金の変動は避けられないものであって、年金支給額の変更を回避しえないことは他の年金制度(共済年金、厚生年金、国民年金等)と同様である。本件年金を含む年金制度一般につき、経済情勢の変動により、掛金の増額、支給金の減額等の財政上必要な措置が行われうることは、一般常識である。
(2) 年金規定二五条が有効であること
① 原告は、年金支給額を確定金額とする旨の特約を合意したと主張するが、前記(1)①のとおりの本件年金制度の性格からみれば、被告が原告らに対してのみ右のような特約を合意することはありえない。
② 原告は、年金規程二五条の「年金数理」、「基礎率」等の用語が意味不明であるから同条全体が意味不明として無効であると主張するが、「年金数理」は、年金制度に必要な掛金率、責任準備金等を計算する保険数学に基づく数理的技法をいい、「基礎率」は、年金の財政計画を立てる際に将来発生する給付の大きさを推計し、これを賄うための収入面の見通しを立てるための基礎的数値であって、右語句は何ら意味不明ではない。
(3) 年金規程二五条に基づく変更が原告らにも適用されること
原告は、本件変更は変更後の契約者のみに適用されると解すべきであると主張するが、年金の財政再計算(収入と支出のバランスに照らし、計算の要因となる補償給付の事故率を踏まえた予定基礎率、長期資金の運用による予定利率等を基にして年金制度の財政状況を再検討し、年金財政の健全化のための調整をすること)は、既存の契約者を含めて基礎率の変動、年金支給費の推計等を行うことが当然に予定されている。
(二) 本件変更は有効である。
いわゆるバブル経済崩壊後の経済不況は著しく、指定金銭信託の有利な運用も困難となり、経済情勢が早期に回復する見通しも立たない状況において、本件年金の年金資産から責任準備金を控除した残額及び金銭信託による収益配当金の実質利回りは、別紙制度の推移に記載のとおり、著しく低下し、平成四年度の財政不足は約四二億七四〇〇万円に達していたから、右状況の下で、支給額の年利回り6.5%を継続することが本件年金制度の破綻を招くことが明らかであった。
被告は、年金規程に従い、平成四年六月一八日に都道府県単位の法人会連合会の代表四四名で構成される年金委員会を開催し、財政改善策を検討するため年金小委員会を設置して検討を重ね、その結果を年金委員会に諮り、常任理事会の審議を経て、平成五年三月二九日に理事会を開催して、財政上適正な措置として、同年六月一日以降の右年利回りを4.5%に変更する旨決定したものであるから、その決定過程に何ら瑕疵はなく、本件変更は有効である。
なお、右決定においては、契約者が中途解約しても不利益にならないように、本件変更実施前の平成五年五月三一日までの脱退一時金については変更前の予定利率による支給額を保障している、また、変更後の利率は、他の預貯金に比較して低いものとはいえない。さらに、本件年金制度は、積立期間中の収益配当金が非課税であり、積立期間中何時でも解約手数料を控除されないで、解約して利息を取得できるという有利な取扱いを受けている。したがって、本件変更後も本件年金制度は、他の預貯金に比較して有利であるといえる。
(原告らの主張)
(一) 被告は、原告らに対する本件年金の支給額を変更することができない。
(1) 年金規程が本件各年金契約の内容とならないこと
① 原告らは、被告との間で、本件年金の支給額を確定金額で合意したものであり、将来これを変更することができる旨の合意をしていないから、右支給額は、変更することができない。すなわち、本件年金の年金契約は、被告と各契約者との間で締結される個別の私的契約であるから、一方当事者の事情によって一方的に変更することができるものではない。被告は、本件各年金契約成立前(掛金の第一回払込前)において、原告らに対して、年金支給額及び掛金を確定金額で記載し、これが将来変更される可能性がある旨の記述のないパンフレットを交付し、被告側の担当者も右可能性について説明していないから、変更についての合意はなく、被告は、本件年金の支給額を変更することができない。
② 被告は、年金支給額の変更可能性について言及した年金規程を掲載したしおりを送付したことを理由に、年金規程が本件各年金契約の内容となっていると主張する。しかし、しおりは、本件各年金契約成立後(掛金の第一回払込後)に、原告らに送付されたものにすぎないうえ、そこでも支給額及び掛金はすべて確定金額で示されている。また、原告らはしおりの末尾に小さい字で印字された年金規程を全く読んでおらず、このようなものは誰も読まないから、年金規程は本件各年金契約の内容となり得ない。
③ 被告は、本件年金は契約者全員につき同一内容の契約となることが当然に予定されているから、年金規程は本件各年金契約の内容となると主張するが、個々の契約の成立時の経済情勢が異なった場合に、それぞれ異なる契約を締結することは何ら差し支えない。
先に加入した者に対する年金の支払が将来維持できないという場合には、別途新規契約者と新たな条件で契約して資金を集め、これを先に加入した者への支払に充当すれば足り、先に加入した者の年金支給額を減額する必要はない。私的な年金制度の設立者は運用のリスクを負担するからこそ、利益を得られるのであって、経済情勢の変動を理由に契約者の年金支給額を減額することは、許されない。
④ 被告は、本件年金のパンフレットに年金支給額につき「予定利回り」との表現が使われているから、原告らは右支給額が変更されうること知っていたと主張するが、右表現は平均的な受給期間を二五年と定めた場合の予定を意味するにすぎない。
⑤ 被告は、公的年金と本件年金との共通性を根拠に本件年金の支給額が変更できる旨主張するが、本件年金は、私的年金として、契約者が任意に将来の経済変動を予測した上で契約するものであって、強制加入を前提とする公的年金とは性質を異にするから、単なる経済情勢の変動によって、一方当事者が年金支給額や掛金を変更できるものではない。
(2) 年金規程二五条が無効であること
① 本件各年金契約は、年金支給額を具体的な確定金額で締結したものであり、年金規程二五条は一般条項にすぎないから、被告がこれを根拠に一方的変更をなしうるとすれば、同条は契約者の意思を無視するものとして、公序良俗に反し無効である。
② 年金規程二五条は、通常の人間には理解できない「年金数理」、「基礎率」等の意味不明の用語を含んでおり、全体として意味不明であるから、無効である。
(3) 年金規程二五条に基づく変更が原告らには適用されないこと
仮に、年金規程二五条が有効であるとしても、本件各年金契約の具体的内容は契約時に確定しているから、同条により変更した支給額は、変更後の契約者のみに適用されると解すべきであって、既に契約していた原告らに不利益な変更をすることはできない。
(4) 年金規程二五条によっても支給額の変更はできないこと
年金規程二五条は「掛金等の引上げ等財政上適正な措置を講ずるものとする」と定めているにすぎないから、文理解釈からすれば、掛金の引上げより重要性の高い年金支給額の引き下げは規定されていないと解すべきである。
(二) 本件変更は、手続要件の欠如により、無効である。
年金規程二七条は、「年金委員会は、委員の全員が出席し、四分の三以上の委員が賛成しなければ、第二八条第二号および第三号の事項(財政に関する重要な事項)の決議をすることができない」と定めているところ、本件変更についての議事録が証拠として提出されていないことは、かかる年金委員会が開かれなかったこと、又は定足数・議決数が満たされていなかったことを意味するから、本件変更は手続的要件を満たしておらず、無効である。
2 損害賠償請求について
(原告らの主張)
被告は、前記1(原告らの主張)のとおり、本件年金の支給額を変更することができないことを知りながら、あえて本件変更をしたことによって、原告らに本件各年金契約のとおりの年金支給義務があることの確認請求訴訟の提訴・追行を原告ら訴訟代理人の弁護士に委任せざるを得なくしたのであるから、本件変更は故意による不法行為に該当する。
よって、原告らは、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、弁護士費用相当分として、原告小林金男は二三四万〇一六〇円、原告小林としえは三三一万六四八二円、原告中曽根忠は八四万九一二〇円及びこれらに対する本判決送達の日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による各遅延損害金の支払を求める。
第三 証拠関係
証拠の関係は、本件記録中の証拠関係目録のとおりである。
第四 争点に対する判断
一 年金支給額確認請求について
1 本件年金の支給額変更の可否について
(一) 本件各年金契約の締結経緯等
本件各年金契約の内容及びその成立経緯について検討するに、前記前提事実及び証拠(甲第一ないし第三号証、第六ないし第一六号証、第一七号証の一、二、第一八ないし第二八号証、第三〇、第三一、第三六号証、乙第六ないし第一〇号証、第一一号証の一ないし一三、証人白井昌隆の証言、原告小林金男本人尋問の結果(一部))によれば、以下の各事実が認められ、これに反する甲第三六号証の記述及び原告小林金男本人の供述は、採用することができない。
(1) 被告から本件年金の契約及び支給に関する事務及び年金資金の運用を委託されている安田信託銀行株式会社(以下「安田信託」という。)の従業員である白井昌隆(以下「白井」という。)は、昭和五七年一〇月頃、原告小林金男から本件年金についての問い合わせの電話を受けた。
白井は、同月一四日、本件年金の説明及び加入申込書受理手続のため、同原告が経営する会社を訪問して、同原告に対し、本件年金について、パンフレットを示したうえで、①本件年金の特徴、積立額、支給方法、中途解約、受取利息相当額の税金等、②本件年金は満六五歳から年金の支給が開始される長期の契約であるため、現在の予定利率は年6.5%であるが、経済情勢の変動によっては、その見直しがあり得ること(但し、右支給額が減額される可能性があることを具体的に説明した事実を認めるに足りる証拠はない。)、③本件年金は、年金規程によって制度の内容が定められているが、年金規程は、被告が加入審査を行い、第一回の掛金引き落としを確認した後(年金契約成立後)、加入者証と一緒に送付されるしおりに記載されているので、読んで制度の内容を再確認してほしいことなどについて説明し、加入申込の手続をした。
なお、同原告は、国民年金には加入していないが、厚生年金と一般の生命保険には加入している。
(2) 白井は、昭和五八年一月下旬、原告小林金男から、原告中曽根忠について本件年金の契約手続をしてほしい旨電話で依頼された。白井は、同月二〇日、右会社を訪問し、原告小林金男同席のうえで、原告中曽根忠に対して、前記(1)と同様の説明をし、加入申込の手続をした。
(3) 原告小林としえは、昭和六一年四月一八日、原告小林金男同席のうえで、安田信託の担当者との間で、本件年金の加入申込の手続をした。
(4) 原告らが、本件各年金契約締結の際に渡されたパンフレット(甲第一、第二号証)には、「法人会年金・7つの特長」の表題のもと、「信託運用でグーンと高利回り(長寿年金プランを選択して年金を25年間受取る場合の予定利回り」、「積立金は信託銀行が責任をもって管理・運用しますので『安全です』」等の記載がある。
右の「予定」利回りとは、モデル計算として、平均受給期間を二五年にしたという趣旨と、年金支給額が確定したものではないという趣旨を兼ねて記載されたものであり、「安全です」とは、専門家である信託銀行に運用を委託するものであるから、安全であるという趣旨で記載されたものである。
(5) 原告らは、本件各年金契約締結後に、年金規程が掲載されたしおり(甲第三号証)及び各加入証(甲第六ないし第一六号証、第三〇、第三一号証)を受け取った。
右各加入証には、「財団法人全国法人会総連合経営者年金共済年金規程に基づき左記内容による加入者の証としてこの法人会年金加入者証を交付します」と記載されている。
(6) 原告らは、右各加入証及びしおりを受け取ったものの、平成五年四月の本件変更の通知まで、被告に対して本件各年金契約について、異議を述べないまま、継続して掛金を払い込んでいた。
(7) 本件年金は、制度発足の当初から多数の契約者の加入を予定しており、平成六年四月時点での本件年金の加入件数は、約一万二〇〇〇件を超えていた。
(二) 年金規程と本件各年金契約の関係
(1) 前記一の前提事実、右(一)に認定の事実に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
本件年金の制度は、多数の契約者が出捐した掛金を一体として信託銀行の行う金銭信託により長期間運用し、右掛金及び運用益を原資として、受給態様等に関する契約者の選択、契約者の死亡年齢、遺族の数、金銭信託の運用利回りなど広範な不確定要素を予測しながら、年金又は一時金の支給を行うというものである。したがって、年金契約の内容は、このような多数の契約者との複雑かつ長期間にわたる契約内容を画一的に処理し、多数の契約者を平等に取り扱うために、各契約者に対して用意される定型の約款によって定めざるを得ないものであって、年金契約締結を希望する者は、右約款による年金契約の内容を一括して承諾して契約を締結するか、又は一括して承諾せずに契約をしないかの二者択一をする他はなく、年金支給額、支給時期等の年金契約の重要な内容について、個別に交渉して特約を付加することができない性質のものである。
(2) このような本件年金の性質に鑑みれば、加入者は、年金規程の内容を具体的に知っていたか否かにかかわらず、年金規程によらない旨の特段の合意をしない限り、年金規程に従うとの意思で契約を締結したものと推定すべきものと解するのが相当である(大審院大正四年一二月二四日第一民事部判決・民録二一輯二一八二頁等参照)。
そこで本件につき検討するに、本件各年金契約については、原告らと被告との間で、年金規程によらないものとすること、又は年金支給額を確定金額とし、これを変更しないものとすること等の特段の合意をしたことを認めるに足りる証拠はない。また、前記(一)に認定のとおり、原告らは、各加入証及び年金規程を記載したしおりを受領した際に、本件各年金契約が、年金規程によって規律されるものであることを十分に認識し得たにもかかわらず、右契約につき、被告に対し、長期にわたって何ら異議を述べず、掛金を支払い続けていた。
したがって、原告らは、本件各年金契約につき、年金規程によるとの意思で契約を締結したものと認めるのが相当である。
(三) 年金規程に基づく本件年金支給額減額の可否
右によれば、年金規程が本件各年金契約の内容となるものであるところ、年金規程は、二五条において、「財団は、五年毎に本制度につき年金数理に基づく再検討を行うものとし、基礎率等の変動により必要があると認めたときは掛金等の引上げ等財政上適正な措置を講ずるものとする」と定め、三〇条において、「この規程は、経済情勢の変動、その他やむを得ない事情により変更または廃止することがある」と定めている。
そこで、右各規程に基づく年金支給額の減額の可否について判断するに、本件年金は、契約者が出捐した掛金及び金銭信託による運用益を原資として、契約者に年金又は一時金を支給するという共済年金制度であるから、その運用益が経済情勢の変動によって当初の見通しを著しく下回った場合には、年金制度が破綻するおそれがあるため、年金規程二五条は、例示に係る掛金の引上げにとどまらず、年金支給額を減額することによる財政健全化措置を講じることも、掛金の引上げと経済的には同様の効果があるものとして、許容しているものと解される。
(四)(1) 原告らは、①原告らは、年金支給額を確定金額で記載したパンフレットを交付されたから、本件年金の支給額を確定金額で合意したものである、②原告らは、本件各年金契約成立後に送付された年金規程を読んでいないから、年金規程は本件各年金契約の内容とならない、③個々の契約の成立時の経済情勢が異なった場合に、異なる契約を締結することができるから、年金規程は本件各年金契約の内容とならない、④本件年金のパンフレットにある年金支給額が「予定利回り」であるとの表現は、平均的な受給期間を二五年と定めた場合の予定を意味するにすぎない、⑤本件年金は、私的年金であるから、単なる経済情勢の変動によっては年金支給額を変更することができないと主張するが、前記(二)及び(三)に認定・説示したとおり、いずれも失当である。
(2) 原告らは、年金規程二五条は一般条項であるにすぎないから、被告がこれを根拠に一方的に変更しうるとすれば、同条は契約者の意思を無視するものとして、公序良俗に反し無効であると主張する。しかしながら、前記認定・説示のとおり、年金支給額の変更を認めた前記規定には合理性があり、公序良俗に反するものとは解されないから、原告らの右主張は失当である。
原告らは、年金規程二五条は、通常の人間には理解できない意味不明の用語を含んでおり、全体として意味不明であるから、無効であると主張する。しかしながら、同条の用語が専門的であり、一般人にとって難解であるとしても、客観的には意味が不明であるということはできず、契約内容は確定されているから、原告らの右主張は失当である。
(3) 原告らは、年金規程二五条が有効であるとしても、同条により変更した支給額は変更後の契約者のみに適用されると解すべきであると主張するが、年金規程はそのような限定を加えておらず、原告らの右主張は失当である。
(4) 原告らは、年金規程二五条の文理解釈からすれば、年金支給額の引下げは規定されていないと解すべきであると主張するが、同条には「掛金等の引上げ等」と記載されており、文理上も「引上げ」は例示であってこれに制約されないから、原告らの右主張は失当である。
2 本件変更の有効性について
(一) 本件変更の経過につき検討するに、前記前提事実及び証拠(甲第三号証、第一七証の二、三、乙第一号証、第三号証の一ないし五、第六号証、第一二号証、第一三号証の一、二、第一四号証の一ないし八)によれば、以下の事実が認められる。
(1) 本件年金が発足して以来の年金支給額の予定利回りは年6.5%であったが、バブル崩壊後の経済不況により指定金銭信託の有利な運用も困難となり、本件年金の運用を担当する安田信託ほか二社の信託銀行から被告が受領した収益配当金の近時の実質利回りは、別紙制度の推移記載のとおり著しく低下し、昭和六三年からは年金資産が責任準備金を下回る状況となり、平成四年度にはその資金不足が約四二億七四〇〇万円に達した。
被告は、代表受託者である安田信託から、今後当分の間、年6.5%の予定利回りを維持することは困難であり、これを維持すれば数年後に本件年金が破綻するとの見通しを明らかにされた。
(2) そこで、被告においては、平成四年六月一八日、年金規程の定めに従って、財政再計算を行うため、年金委員会を開催して必要な措置の検討を始め、平成四年九月以降、年金小委員会を設け、財政上適正な措置について検討を重ね、この検討結果を年金委員会で審議し、さらにその審議結果を常任理事会に答申し、常任理事会は右答申を審議して理事会に提出する議案として議決した。そして、被告の運営に関する重要な事項の議決機関である理事会は、平成五年三月二九日、財政上適正な措置として、同年六月一日以降、年金支給額についての当面の予定利率を4.5%に減額するとともに、既存の契約者が右変更により中途解約の際不利にならないように、変更基準日(平成五年六月一日)までは従来の予定利率により支給金を計算することとし、脱会一時金も右基準日までは従来の予定利率による支給額を保障したうえで、被告が三億七〇〇〇万円の補助金を本件年金の財源として拠出することを決定した。
そして、被告は、同年四月二六日付「法人会年金(信託型)の制度改訂のご案内」により、原告らを含む本件年金の契約者に対して、同年六月一日以降、本件年金の予定利率を年4.5%に変更する旨通知した。
(二) 右認定の事実によれば、本件変更は、年金規程等に定められた正規の手続に従って決定されたものであるから、有効である。
原告らは、本件変更についての年金委員会議事録が証拠として提出されていないことは、かかる年金委員会が開かれなかったこと、又は定足数・議決数が満たされていなかったことを示す旨主張する。しかしながら、被告は、右年金委員会議事録について、訴訟上提出義務がないから(平成六年(モ)第一七八八号文書提出命令申立事件についての申立却下決定、同八年(ラ)第七五〇号文書提出命令申立却下決定に対する抗告事件についての抗告棄却決定・確定)、右議事録を提出しないことのみをもって、原告ら主張のように推認することができない。また、年金規程及び被告の寄附行為(乙第一号証)によれば、年金委員会は最終意思決定機関である理事会に意見を具申する機関であるにすぎないものと認められるから、年金委員会の定足数又は議決数が確保されていないことは、最終意思決定機関である理事会の議決の効力を左右しないものと解される。したがって、原告らの右主張は失当でる。
3 以上によれば、年金支給額確認請求はいずれも理由がない。
二 損害賠償請求について
前記一に認定・説示したところによれば、本件変更は有効であるから、本件変更が不法行為に該当するということはできない。
したがって、原告らの主張は失当であり、損害賠償請求はいずれも理由がない。
三 結論
よって、原告らの甲、乙事件請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官細川清 裁判官齊木教朗 裁判官菊地浩明)
別紙加入者別年金契約一覧表<省略>
別紙年金目録(一)〜(四)<省略>
別紙制度の推移<省略>